人間には、定期的に「沼」にハマってしまうサイクルがあるのだろうか。
気づけばそこにいる。気づけばお金が消えている。気づけば夜中の2時に画面を見つめている。そして翌朝、後悔するどころか「今日も続きをやろう」と思っている。これが沼だ。恐ろしい場所である。そして、これほど豊かな場所もない。
数年前、わたしはアナログモジュラーシンセという沼に落ちた。
モジュラーシンセとは、音の部品——発振器、フィルター、エンベロープ——をケーブルで物理的につなぎ、音を「設計」する楽器である。楽譜も、コードも、関係ない。そこにあるのは電気信号と、自分の耳と、底なしの好奇心だけだ。
「誰も聴いたことのない音を出したい」。その一心で、モジュールを一個、また一枚と買い足した。机の上のラックはどんどん重くなり、財布はどんどん軽くなった。総額を計算したことは、今もない。計算してはいけない類の数字というものが、人生にはある。
それでも後悔はしていない。あの頃の奮闘が、「音とは何か」を体で覚えさせてくれた。沼とは、授業料の高い学校なのだ。
そして今、新しい沼にいる。AIである。
最初はおそるおそるだった。「ChatGPTというものが流行っているらしい」程度の入り口だった。ところが触り始めると、止まらない。音楽生成、画像・動画生成、データベース構築、文章の壁打ち相手、挙げ句の果て人生初めてのコード学習である——AIにできることの幅が、日に日に広がっていく。まるで、ケーブルをつなぐたびに新しい音が生まれたあの頃と、どこか似ている。
ただ、前回と決定的に違う点がひとつある。
多様な機材が、いらない。
モジュラーシンセ沼では、新しいことを試すたびにモジュールを買わなければならなかった。しかし今回の沼では、一台の優秀なマシンがあれば事足りる。(といってもこの一台に行き着くまでに結構な投資はいるが)音楽も、映像も、データ構築も、文章も、すべて同じ画面の中にある。
正直に言おう。AIの沼に落ちるには、案内人が必要だった。
YOUTUBEには、世界中の「先に落ちた人たち」がいた。難解な概念を噛み砕いて説明してくれる動画が、無数にある。深夜に「なるほど、そういうことか」と膝を打つ夜が、何度あったことか。
そしてClaudeをはじめとするAIチャットは、わからないことをその場で聞ける「話せる教科書」だった。恥ずかしい質問も、基礎的すぎる疑問も、嫌な顔ひとつせず答えてくれる。「こんなことも知らないのか」と言われる心配が、ない。これは年輩者にとって、想像以上にありがたいことだ。
かつてなら専門書を買い、スクールに通い、詳しい人を探すしかなかった。今は、画面に向かって話しかけるだけでいい。沼への入り口が、こんなにも低くなった時代に生きていることを、素直に喜びたいと思う。
振り返れば、人生は沼の連続だった。
沼にはまるたびに、新しい言語を覚えた。新しい知識がどんどん増える。自分が思っていたより、まだまだ好奇心があることを知った。そして、いかに勉強してこなかったかも思い知る。
AIという今回の沼がどこまで続くのか、まだわからない。地図のない大陸を歩いている感覚は、あの頃のモジュラーシンセと同じだ。ゴールが見えないから、今更立ち止まれない。
そしていつかまた、次の沼が現れるだろう。
その時わたしはきっと、またケーブルを——いや、キーボードを叩きながら、夜中の2時に画面を見つめているはずだ。
沼は怖い。でも、沼のない人生はこの先もっと怖い。
Ayler’s Module
モジュラーシンセを駆使して作ったオリジナル曲。モジュラーの一つを触っている時突然地面を揺るがすようなサックスに似た音が出現した。急ぎレコーダーを回しながら作った曲。そのサックスに似た音のニュアンスがアルバートアイラーに似ていたのでこのタイトルとなった。オリジナル曲2019年制作。2022年1月にYoutube用にこの動画を作った。
主要機材など
#ExpertSleepers#Disting#ZwobotTribute to Albert Eyler by the sound coincidentally generated by #ExpertSleepers#Disting. Video created by #Zwobot based on the original track “Ayler’s Module” released our bandcamp site 2019.
AI動画のはしりのような映像制作ツールZwobotで作った。懐かしい。