Music Magazineの5月号を開いたとき、思わずと声が出してしまった。特集タイトルは「歴史を変えたデビュー・アルバム・ベスト100〔邦楽編〕」。最近にはない、なかなか魅かれるタイトルだ。だが、ページをめくるうちに姿勢が正されていった。選者たちの真剣さが紙面から滲み出ているからだ。
そして1位を見た瞬間、目が少しだけ見開いた。ザ・ブルーハーツである。
驚いた、というより、正直なところ「時代は動くものだ」という感慨に近かった。ブルーハーツのデビューアルバムが邦楽史の頂点に立つとは。おそらく今の若い世代にとって、彼らはビートルズのような普遍的存在になりつつあるのだろう。ネットで拾った遠藤周作の言葉。「老いの楽しみは、自分の予測が外れることにある」を思い出した。まさにそういう心持ちである。
さて、少々込み入った話をしたい。自慢と誇りの違いについてだ。
この二つは似て非なるものである。自慢とは他者に向けて放つもので、どこかに「羨ましいだろう」という下心が潜んでいる。誇りはそうではない。自分の内側で、静かに灯っているものだ。
今号のランキング上位20枚のうち、私はアナログ盤かCDで14枚を手元に置いている。これを誇りと感じるのは、コレクターとして数を揃えたからではない。この50年、音楽評論を読み漁り、レコード屋の試聴コーナーに何時間も立ち尽くし、自分の耳と対話しながら「これは本物だ」と納得したものだけを棚に加えてきたからだ。流行だから、誰かが推したからという理由だけで買ったものは、ほとんどない。
これもネットで拾った言葉。『禅とオートバイ修理技術』の中で、ロバート・パーシグは「名著とは定義できないが確かに感じられるものだ」書いていた。50年間の耳が感じとったものが、2026年の専門家たちの選んだリストと14枚も重なっていた。これは単なる偶然ではあるまい。
一方、今号には正直なところ意表を突かれた顔ぶれも混じっていた。
5位・宇多田ヒカルの「First Love」はわかる。7位・じゃがたらの「南蛮渡来」、12位・INUの「メシ喰らうな!」、14位・フリクションの「軋轢」(あつれきと読むらしい)これらはリアルタイムでまったく手が届かなかった。アンダーグラウンドの熱量を遠巻きに眺めていた、と言えば聞こえはいいが、要するに当時の私には縁のない音楽だった。17位のPerfume「GAME」も、18位のフリッパーズギター「three cheers for our side」も、それぞれの時代の空気の中で私はどこか別の方向を向いていたらしい。
しかし今、選評の文章を読んでいると、なぜそれが「歴史を変えた」とされるのかが、腑に落ちてくる。あの時代の何かにクサビを打ち込んだという事実が、文字を通して伝わってくる。そして正直なところ、聴いてみたくなる。六十代七十代になって「初めて聴く名盤」があるというのは、考えてみれば贅沢な話である。
この100枚のリストも、あと100年も経てばガラッと変わっているだろう。音楽の評価とはそういうものだ。バッハが死後100年間ほとんど忘れられていたことを思えば、今が「歴史的」と見なすものが未来においてどう扱われるかなど、誰にもわかりはしない。
ただ、20年後もおぼつかない、この身で100年後を私は見届けられない。これだけは確かである。
ならば今夜、棚から一枚引き抜いて、針を落とすとしよう。50年かけて選んだ14枚が、ちゃんとランキングの中に並んでいた。それで十分ではないか。レコードは嘘をつかない。耳も、そう簡単には忘れない——少なくとも14枚に限っては。
このNETFLIXの映画は実に面白かった。出てくる人たちは実に愛に溢れていた。