老いの視野

もう20年以上も前になる。眼科医から「視野欠損がある」と告げられた。なるほど、と思った。肉体的に視野が欠けているのか、と。少々不安になった。3ヶ月に一度の視野検査がもうじきある。最近、視野検査のたびにふと思うことがある。私が本当に失いつつあるのは、そちらの視野ではないかもしれない、と。

 年を重ねると、人は「見えなく」なる。ただし、これは網膜の問題ではない。長年の経験という名の厚い鎧が、新しいものを遮断し始めるのだ。「どうせこういうことだ」「若いうちはそう思う」――そんな言葉が口をつく時、すでにその人の視野は、かなり狭くなっている。

 もっとも、これは高齢者だけの特権ではない。三十代でも四十代でも、「わかった気」になった瞬間に視野欠損は始まる。カミュは言った、「本当に哲学的な問いはひとつだけだ」と。つまり、世界をまだ問い続けているかどうか、それだけが問題なのである。

 私の目は確かに欠けている。しかしまあ、眼科医に直してもらえる欠損など、たかが知れている。と嘯いているが、運転免許もそろそろ返そうかな!と決心したところだ。でも本当に厄介なのは、自覚症状すらない方の視野欠損だ。ことに、些細なことで短気を起こし、周りを振り回す――あの種の欠損だけはなんとか未然に予防処置を施したい。と、自戒をこめて苦笑いしている自分がいる。

女性の名前をタイトルにした楽曲作りをしている第一弾はJimi Hendrixにゲスト参加してもらった「Lindaリンダ」です。いいできです。最近は、改めてロックはリフに始まりリフで終わる。。ちゃって。

歌詞

Linda I got so much to tell you How can I be sure that you’re even there? I write all my messages in a bottle And throw it into the sea But it always comes back to me

And I don’t know if it’s the ocean Or if it’s just a fantasy I don’t know if it’s the ocean But all I want is you and me And I don’t know if it’s the ocean Or if it’s just a fantasy I don’t know if it’s the ocean But all I want is you and me