最近、テレビもスピーカーも、どうも音が遠い。もっとも、家人の耳も似たり寄ったりだから、ボリュームは誰に叱られることもなく、際限なく上がっていく。字幕に頼る回数も増えた。そうなると不思議なもので、若い頃あれほど欲しかったバカ高いオーディオ機器への物欲が、潮が引くようにすうっと消えていく。何百万円のアンプも、いまの私の耳には宝の持ち腐れというわけだ。
代わりに、妙なものが聴きたくなった。小学生の頃、初めて耳にした真空管ラジオの音である。あのぼんやりと温かく、どこか湿り気のある響き。理屈ではなく、体が覚えている音だ。
探すうちに、長野で小さなオーディオ機器を手作りしているMHaudioというところに行き着いた。「世界最小の本格オーディオ」を名乗り、CDジャケットほどのスピーカーに、手のひらに乗るアンプをこしらえている。大きく重く、お金を出せば良い音、という常識へのささやかな反逆である。
買い求めてからが長かった。置き場所、向き、壁との距離。あれこれ動かしては聴き、また動かす。家族には「また始まった」と呆れられたが、こちらは真剣だ。そしてある晩、ようやく「これだ」という音が、ふっと部屋に立ち上がった。心地よい、というのはこういうことか。
面白いのはソフトの事情である。レコードもカセットも見事に復活した。ところが中古盤の値は爆上がりで、目当ての一枚はもはや高嶺の花。結局、手持ちにない音源は、ネットのサブスクに頼らざるを得ない。かくして我が家は、骨董のようなアナログと、最新のデジタルが同居する、いささか節操のないハイブリッドと相成った。
真空管のほのかな灯りを眺めながら、最新のサブスクから流れる半世紀前の名盤を聴く。古い音を、新しい技術で。——考えてみれば、いちばん旧式で、温まるのに時間がかかり、高音域が少々あやしくなってきた「装置」は、どうやら私自身らしい。
それでも、灯がともれば、まだいい音で鳴る。上等じゃないか。


MHaudioのアコースティックスピーカーWAON(専用のスピーカースタンが快適にUA-1の温かみのある音を再現してくれる。
SHANLINGの CD Player EC Mini 溜まりにたまったCDを処分しなくてよかった。CDの硬質な音をMHaudioは温かみのある音に変換してくれる。