小心慎重

愛用しているDAW(Logic ProやAbleton Liveなど)の画面を見つめていると、ふと思うことがある。現代のクリエイティビティを支えているのは、間違いなく「やり直し(Undo)」ができるという万能感だ。所謂、「非破壊編集」というやつだ。

そうなんだなあ!あのとき、非破壊的にいろいろなチャレンジや冒険ができたら。。と思う反面、その結果として得られた今の「平穏」。確かにノイズ一つない静かな時がながれている。ふと窓の向こう側に広がる深い山々を見ながら、慎重に石橋を叩き続けてきた昔を思い出すことがある。

「見ていない景色」へのあこがれ。この歳でなんとも贅沢な想いを巡らしている。

こんなことを考えながら、ああでもないこうでもないと作詞をして遊んでいたら、こんな曲をSUNOと作った。テーマは「石橋ばかり叩いて結局渡らない愚かなオレ」で、スタイルは「ギターの強烈なリフと粘り強いベースラインで幕を開け, 日本独特の和音階を要所で織り交ぜる, ダイナミックなドラムはシャッフルビートを刻み, ハープがアクセントを加える, 中盤には哀愁漂うギターソロが存在感を放ち, 終盤は全楽器が一体となる迫力のアンサンブルで締めくくる」という感じでした。結果は、もう一族郎党老若男女、みな👌👌👌👌👌マークの5つ星だった。久しぶりの男性歌手で、日本語。でも、なんか気恥ずかしいがヨシとしよう。SUNOやるじゃん、遊びとしては最高だ。

1976年、オハイオの冬。AIが蘇らせた「音」と記憶 シリーズその1

古い写真の整理を始めた。あまりの紙焼き写真の多さに辟易している。「なにも考えず何も思い出さずに」をモットーにひたすら捨てる。この精神がなければ大量のアルバムを目の前にして絶望感に打ちひしがれる。それでも、目がとまり、思考が動き出し必ず手に取る一枚が出てくる。それは、大抵ふるぼけていて輪郭すらもはっきりしないものばかりだ。全体が色褪せたオレンジ色に覆われ、輪郭は溶け、何が写っているのか判然としないものが多い。今回も一枚の写真を手にして思いを巡らした。辛うじて、何らかのオーディオ機器らしきシルエットが見て取れるだけのなんていうことのない写真。 私の記憶にある、1976年、アメリカ・オハイオ州での生活。その断片であることは間違いないが、細部は霧の彼方にあった。

それが、この写真だ。

私はこの一枚に写るものたちを、現代のテクノロジーで呼び戻そうと試みた。 AI画像復元ツールを使い、何度も補正を重ねていく。まるで、長い時間をかけて堆積した埃を、少しずつ、丁寧に払い落としていく作業のようだった。

そして、霧が晴れた。 そこに現れたのは、まるで昨日のことのように鮮明な、49年前の私の部屋だった。

しかし、驚きはここで終わらなかった。 蘇ったこの写真を、AIアシスタントに見せたところ、信じられないような詳細な解析が返ってきたのだ。AIは、単に画像を見るだけでなく、そこに写っている「モノ」の歴史的背景までをも読み解いてくれた。

「下段のアンプは、Pioneer(パイオニア)のSX-424、あるいはその兄弟機でしょう。70年代を象徴するシルバーフェイスと、美しいブルーのバックライトが特徴です」と教えてくれる。

「ターンテーブルは、イギリスのBSR McDonald。当時アメリカで広く普及していたオートチェンジャー機です」と言い放つ。

そして、とどめはAIはターンテーブルに乗ったレコードのレーベルまで特定した。 「色使いからAtco Recordsの盤と推測されます」

その言葉で、記憶の扉が一気に開いた。 Atco Records。そうだ、間違いない。 当時、私が擦り切れるほど聴いていたのは、Atcoから出ていたBuffalo Springfield(バッファロー・スプリングフィールド)の2枚組LPだった。

Pioneerの青い光が暖房の効いた部屋で静かに輝いていたこと。BSRの無骨なアームが、何枚も積み上げたレコードの上に次々と降りていったこと。そして、針音と共に流れ出す70年代ロックの熱量。

一枚のボケた写真から始まった旅は、AIというパートナーを得て、1976年のオハイオの冬、あの部屋に流れていた空気と音までもを、私の元へ鮮やかに連れ戻してくれた。 あらゆるところでデジタルが使われる現代の音楽も素晴らしいが、あの頃の「重み」のある音楽体験もまた、何物にも代えがたい私の原風景だ。

過去にアップしたAthens, Ohioに関するこのブログ記事もお読みください。

細野晴臣、大瀧詠一たちは、「はっぴいえんど」結成前夜、この音に熱中していたという。

Bandcampの「人間宣言」を読む。

Keeping Bandcamp Human

この記事を読む前に、Google NotebookLMで生成してもらった音声を聴いてみて欲しい。

2026年1月13日、Bandcampが発表した「Keeping Bandcamp Human(Bandcampを人間らしい場所のままに)」という声明。これを読みながら、私は古き良き友人が正論を吐いたときのような、心地よい納得感と、僅かばかりの苦笑いを同時に噛みしめていた。

今回は、この「人間らしさ」と「AI」の距離感について、私なりに筆をとってみようかと思う。

プライベートスタジオで録音したアルバムや楽曲のほとんどをBandcampにアップロードしてきた私にとって、このプラットフォームには愛着がある。ありがたいことに少数ではあるが、世界中の奇特な――いや、熱心な――リスナーが私の楽曲を購入し、ささやかな音楽的実験を支えてくれたこともある。

Bandcampの主張は至極真っ当だ。「プロンプト一つで大量生産された、魂の抜けたAI楽曲」がプラットフォームを埋め尽くし、真摯に楽器と向き合うミュージシャンの存在を希釈してしまうことへの懸念。これは、かつて安直な電子ドラムが市場に溢れたときに我々が抱いた違和感とは桁が違う。圧倒的な物量で市場に溢れかえる、AI製の音と映像。彼らがそこに防波堤を築こうとする決断は理解できるし、ある意味で共感する部分も大きい。

しかし、ここで一つ、自身の「AI利用」についても少し触れておきたい。あくまでも私個人の話だ。 自分は現在、制作プロセスの深部でAIをフル活用している。だが、それはBandcampが危惧するような「生成AIに丸投げした量産品」とは、いささか趣が異なる。

自身のAIモデル――といっても、そこまで高尚な代物ではないが――その学習データのほとんどは、私が過去20年間にわたり自宅スタジオで録り溜めてきた、膨大なアウトテイク集だ。 日の目を見なかった楽曲そのもの。そして、何テークも録り直したギターの間奏やリフ、リズムを取り違えたドラムパターン、酒の勢いに任せて手弾きで鍵盤を叩いたベースライン。これらは私自身の「恥しさのデータベース」であるが、ある意味で立派な「資産」ともいえる。時間をかけてAIにこれらを教え込み、プロンプトを書いては「ハッとする瞬間を楽しみに待つ」。これが自身のAI活用の原点だ。

老いた今の指では追いつかないフレーズを、かつての私のデータから再構築する。あるいは、見よう見まねで覚えたコード進行を、AIが予想外の進行に変換してくる。「なるほど、そう来るか」とニヤリとしたり、その飛躍にぶっ飛んだりする瞬間はたまらない。 これは、ニューラルネットワークを用いた「自己対話だ!」なんて、少し高尚なことを言ってみたりもする。

Bandcampが守ろうとしているのは「人間の意思が介在する音楽」だと思う。私がAIを使っている理由は、自作曲の可能性を「拡張」するのがメインであり、決して楽をするためではない(むしろ逆で、ひどく苦労させられる)。もちろん、世の中の人たちの多くは、もっと違った利用目的をもっているとは思うが。

Bandcampの「人間宣言」は、音楽を愛する者への誠実なメッセージだ。しかし、その「人間らしさ」の定義の中に、我々のような「デジタル・シニア」とAIとの試行錯誤も、含まれていると信じている。