古い写真の整理を始めた。あまりの紙焼き写真の多さに辟易している。「なにも考えず何も思い出さずに」をモットーにひたすら捨てる。この精神がなければ大量のアルバムを目の前にして絶望感に打ちひしがれる。それでも、目がとまり、思考が動き出し必ず手に取る一枚が出てくる。それは、大抵ふるぼけていて輪郭すらもはっきりしないものばかりだ。全体が色褪せたオレンジ色に覆われ、輪郭は溶け、何が写っているのか判然としないものが多い。今回も一枚の写真を手にして思いを巡らした。辛うじて、何らかのオーディオ機器らしきシルエットが見て取れるだけのなんていうことのない写真。 私の記憶にある、1976年、アメリカ・オハイオ州での生活。その断片であることは間違いないが、細部は霧の彼方にあった。
それが、この写真だ。

私はこの一枚に写るものたちを、現代のテクノロジーで呼び戻そうと試みた。 AI画像復元ツールを使い、何度も補正を重ねていく。まるで、長い時間をかけて堆積した埃を、少しずつ、丁寧に払い落としていく作業のようだった。
そして、霧が晴れた。 そこに現れたのは、まるで昨日のことのように鮮明な、49年前の私の部屋だった。

しかし、驚きはここで終わらなかった。 蘇ったこの写真を、AIアシスタントに見せたところ、信じられないような詳細な解析が返ってきたのだ。AIは、単に画像を見るだけでなく、そこに写っている「モノ」の歴史的背景までをも読み解いてくれた。
「下段のアンプは、Pioneer(パイオニア)のSX-424、あるいはその兄弟機でしょう。70年代を象徴するシルバーフェイスと、美しいブルーのバックライトが特徴です」と教えてくれる。
「ターンテーブルは、イギリスのBSR McDonald。当時アメリカで広く普及していたオートチェンジャー機です」と言い放つ。
そして、とどめはAIはターンテーブルに乗ったレコードのレーベルまで特定した。 「色使いからAtco Recordsの盤と推測されます」
その言葉で、記憶の扉が一気に開いた。 Atco Records。そうだ、間違いない。 当時、私が擦り切れるほど聴いていたのは、Atcoから出ていたBuffalo Springfield(バッファロー・スプリングフィールド)の2枚組LPだった。
Pioneerの青い光が暖房の効いた部屋で静かに輝いていたこと。BSRの無骨なアームが、何枚も積み上げたレコードの上に次々と降りていったこと。そして、針音と共に流れ出す70年代ロックの熱量。
一枚のボケた写真から始まった旅は、AIというパートナーを得て、1976年のオハイオの冬、あの部屋に流れていた空気と音までもを、私の元へ鮮やかに連れ戻してくれた。 あらゆるところでデジタルが使われる現代の音楽も素晴らしいが、あの頃の「重み」のある音楽体験もまた、何物にも代えがたい私の原風景だ。
過去にアップしたAthens, Ohioに関するこのブログ記事もお読みください。
細野晴臣、大瀧詠一たちは、「はっぴいえんど」結成前夜、この音に熱中していたという。