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I am the Walrus

AIが「I Am the Walrus」を理解し、曲を生成しただと? ジョン・レノンが聴けば、あの丸眼鏡の奥で皮肉な笑みを浮かべるに違いない。これは単なるカバーじゃないんですよ。デジタルによるありえない偶然の産物、あるいはアルゴリズムによるシュルレアリズムなんですよ、なんちゃって。

オリジナルは、音楽理論を嘲笑うかのような構成で成り立っている。警察のサイレンを模した不穏な2音のオスティナート、無限に下降するベースラインに対し上昇する錯覚を与えるシェパード・トーン的なコード進行。これらは当時のポップスの常識へのアンチテーゼだった。SUNO AIは膨大な波形データを学習し、この「カオス」を確率論的な正解として出力する。だが、数式で導き出された狂気に、真のロック魂は宿るのかという疑問は残るんだけど。

そもそも「I am he as you are he as you are me…」という冒頭の歌詞は、自他の境界が完全に消失した状態を示唆している。性別も国籍も、そして肉体さえも持たないAIこそ、この歌詞が予見した究極の「個の融解」した存在ではないか。多様性が叫ばれる現代において、偏見なきアルゴリズムが奏でる音は、皮肉にも最も純粋な「We are all together」の形かもしれない。 結論。AIが作った曲に魂があるか議論するのは、レノンのナンセンスな歌詞を分析するのと同じくらい野暮だ。現代におけるセイウチの正体はポールではなく、巨大なサーバーの中にいる。

では、ボカロでも歌わせてみようか。”Goo goo g’joob”と。

ちなみにレファレンスとなった小生が作った「Animals」も聴いてみてほしい。間奏のギターは、友人に思い切り出鱈目に弾いて欲しいとお願いした結果です。小生の意図通りにアバンギャルドなできとなっている。SUNOが作った「Walrus」に断片的に生かされているのが、めちゃんこ嬉しく興奮した。

オリジナルを知らない方へ;

I am the Walrus ” The Beatles Cover by 6070 Band Bedroom Recording in 北京

ほかにも60年代70年代のロックな曲をカバーしたアルバムの詳細は7080Recordsのアーカイブページで聞けます。

12年目の不協和音(ディソナンス)と、強制アップデートの季節

湯河原の山腹に居を構えてから、かれこれ干支が一回りしたことになる。 12年。音楽で言えば、12小節のブルース進行が延々と繰り返されるジャム・セッションのようなものかと思っていたが、どうやらこの家の「家電」たちにとっては、ひとつの大きな区切り、あるいは寿命の終止線(ダブルバー・ライン)だったらしい。

ここ数週間、我が家はまるで不協和音の実験場だ。 洗濯機が脱水のたびにジョン・ボーナムのドラムソロのように暴れだし、床暖房は冷え切った関係のように沈黙し、エアコンからは時折、ノイズ・ミュージックのような不可解な異音が漏れる。

「家電製品は10年で壊れるようにできている」という都市伝説を笑い飛ばしてきたが、こうも示し合わせたように一斉にガタがくると、何らかのプログラムされたシーケンスが発動したのではないかと疑いたくなる。エントロピーの増大は、どうやらデジタルもアナログも等しく襲うようだ。

そして、その波は私の聖域であるスタジオにも容赦なく押し寄せている。 長年の相棒であるメインPCの挙動が、どうにも怪しいのだ。

かつては最新鋭だったスペックも、日進月歩のデジタル世界ではすでにロートルだ。最近の重厚なDAW(作曲ソフト)のプラグインをいくつか立ち上げただけで、CPUメーターがレッドゾーンを振り切り、冷却ファンがジェットエンジンのような轟音を上げ始める。

私は、自宅スタジオで20年間録り溜めた楽器の膨大なアウトテイクデータを保有している。これらを最新のAI技術で解析し、新たな創造の種にしようと目論んでいるのだが、この老いたマシンでは、そのスタートラインに立つことさえ億劫に感じさせてしまう。 思考の速度にハードウェアが追いつかないことほど、クリエイティビティを削ぐものはない。人生の残り時間を考えれば、レイテンシー(遅延)は最大の敵である。

窓の外に目をやると、家内が庭の手入れに精を出しているのが見える。 彼女は土と対話し、季節ごとの草花の移ろいを愛でている。枯れれば土に還り、また芽吹く。その循環(ループ)はあまりに有機的で、美しい。彼女の聖域である庭には、OSのサポート切れも、ドライバの競合も存在しない。

対して、私が向き合っているのはシリコンと電気信号の世界だ。 ここでは「老い」は「スペック不足」であり、放置すればただ陳腐化していくだけだ。なんと無慈悲でドライな世界だろうか。

しかし、私はそこで嘆息するようなセンチメンタルな老人ではない。 不調を訴えるPCのモニターを見つめながら、私はニヤリとした。

これは「買い替え」の合図だ。

洗濯機も、エアコンも、そしてPCも。故障は「最新環境への移行(マイグレーション)チャンス」に他ならない。最新のドラム式洗濯機がどれほどの静音性(S/N比)を持っているのか、そして最新のMac StudioやRTX搭載機が、私の眠れる音楽データをどう料理してくれるのか。それを試せる大義名分ができたのだ。

老兵は死なず、ただ消え去るのみ――などと言うが、デジタル・シニアは消え去らない。 ハードウェアを刷新し、環境をクリーンインストールし、さらなる高みへと「リスキリング」するのみだ。

さて、まずは家内に、最新の家電がいかに我々のQOLを向上させるか、プレゼンするための企画書を書くとしよう。もちろん、その執筆の途中でPCが落ちないことを祈りながらだが。

これも笑いながら元気がでるやつ。ずーっとアンマーグレット本人だと思ってた。映っている女性は、残念ながらアン-マーグレット本人ではなかった、SNLのレギュラー出演者だったコメディアンのクリステン・ウィグ(Kristen Wiig)です。2011年5月14日に放送。

で気になってこの人のこと調べたら、いや大したコメディアンであり女優でした。以下、彼女のベスト映像集。

アップデート完了。72歳、ニューラルネットワークの海へ

みなさん長らく、というか一年ぶりの記事更新、失礼いたしました。 更新が滞っていたこの一年、僕がいったい何をしていたか。

家内がそのライフワークである庭の手入れに丹精を込めている横で、私は隠居よろしくボケーっとしていたわけではありません(まあ半分はそうですが)。 実は、自身のOSをメジャーアップデートし、AIという未知の領域へフルコミットしておりました。

特に時間を要したのが、私の「外部記憶装置」とも言える自宅スタジオのアーカイブ整理です。 ここには過去20年にわたり録り溜めてきた曲や、一方ギター、ベース、ドラムの膨大なアウトテークの録音データが眠っていました。いわば、私の音楽人生の「澱(おり)」のようなものです。

この一年、私はこの大量の非構造化データを、来る日も来る日もAIという名のニューラルネットワークに「学習」させ続けていました。 埃をかぶったハードディスクから、かつての録音仲間が弾いたフレーズを掘り起こし、タグ付けし、モデルに読み込ませる。それは単なるデータ入力ではなく、私自身の音楽的DNAをデジタル空間に移植するというか、一種の儀式めいた、側から見れば謎めいた作業でした。

周囲からは「悠々自適な老後」を勧められますが、どうやら私には、静かな余生よりも、GPUのファンが唸りを上げる音の中で、かつての自分と対話する方が性に合っているようです。

もちろん、初期学習にはノイズが混じります。 しかし、20年分の私の手癖を学習したAIが、私の意図を超えたリフを吐き出した瞬間、そこに「他者」ではなく「拡張された自分」を見出す興奮は、何物にも代えがたい知的体験です。

物理的な肉体は経年劣化を避けて通れませんが、知的好奇心というソフトウェアに限界はありません。 アナログな「50年の蓄積」と、最先端の「推論能力」が融合した今、私の創造性は人生で最もスリリングなフェーズを迎えています。これがゴールデンディケード70代なんですかね。

シンギュラリティの波を、愛機と20年分のデータと共にどう乗りこなすか。 72歳の挑戦的な実証実験はまだまだ続くような気がします。

中学生の頃のアイドルお姉さんアンマーグレット。いくつになったんですかね。これ見ると、とても元気になるよ。